神戸の熱血弁護士!「向井大輔ブログ」 法的ワンポイントアドバイス

原状回復特約(経年変化・通常損耗部分を賃借人負担とする条項)って有効なの?

【相談内容】
住んでいた賃貸マンションを引っ越ししようと思ったら、家主さん(または管理会社さん)から思いがけない高額の原状回復費用を請求された。
びっくりして「こんなに高いんですか?」と聞くと、「契約書に書いてありますよ」と言われた。
そこで初めて契約書をよくよく読んでみると「退去時の原状回復費用を賃借人の負担とする」といった内容の契約条項があった。
これってやっぱり有効なの?
契約書に書いてあるし......署名して印鑑も捺してあるし......

↓↓

こうした原状回復費用を賃借人の負担とする特約(原状回復特約)は、賃貸借契約書にはよくよく見かけるものです。

しかし、契約書に書いていれば絶対に有効というものではありません。

家主さん、管理会社さん、借主さん、それぞれの立場で誤解されていることが多いですが、こうした原状回復特約が有効であるためにはもう少し詳しく考えていく必要があります。


考え方のポイントは大きく2つです。

★負担することになる損耗の種類
★契約当事者間での合意の具体的な内容と経緯



それでは以下、順に検討していきましょう。

★負担することとなる損耗の種類★

建物の損耗には大きく3種類あります。
(1)自然的な劣化・損耗等(経年変化)
(2)通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
(3)賃借人の故意・過失等通常の使用を超える使用による損耗等


当事者間で原状回復について特に合意がされていない場合には、
(1)(2)は賃貸人負担、(3)が賃借人負担で原状回復することが原則です。

なぜなら、建物の賃貸借では(1)(2)の原状回復にかかる必要経費分は、賃貸人が、毎月の賃料の中に含ませて、賃借人からその支払いを受けることにより減価分を回収していると考えるべきだからです。
つまり、誰が借りてどんな使い方をしても減価が生じる部分である(1)(2)については、賃料としてもらっている分から賃貸人が負担すべきですよ、それを賃借人負担とすれば賃借人が賃料と原状回復の二重負担を強いられてしまいますよ、という考え方です。

ですので、ここでの問題は、賃借人からすれば請求されている補修の内容が、賃貸人からすれば請求したい補修の内容が、(1)(2)に含まれる場合に、原状回復特約によって(1)(2)まで賃借人負担とできるのか、という点です。
((3)を賃借人が負担することは条項がなくても当然だからです。)


★契約当事者間での合意の具体的な内容と経緯★

それでは、(1)経年変化(2)通常損耗が賃借人負担とされている条項は有効なのでしょうか。

最高裁判所の判例(※)では、このような原状回復特約が有効であるために、
  『特約が(貸主・借主間で)明確に合意されていることが必要である』
と示されています。

契約書に書いているのだから、「明確に合意されている」といえるじゃないか、と思うかもしれませんが、話しはそう簡単ではありません。

「明確に合意」の中身をもう少し詳しくみてみましょう。
最高裁判例では2つの具体例を挙げています。

A
『少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されている場合』
B
『(仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、)賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められる場合』

このABにあてはまって原状回復特約が有効であると認められるかを検討するためには、
以下のポイントを確認するといいでしょう。

(1)特約の必要性があって、暴利的でないなど客観的・合理的理由があること
(2)経年変化や通常損耗の場合も含む趣旨であることが一義的に明確であること
(3)個々の負担項目について説明があったこと
(4)負担することとなる金額、少なくとも範囲が明確になっていること
(5)賃借人が当該特約による義務負担の意思表示をしていること

ただ、(4)など実際にその時点にならなければ判然としないものもあり、この5つのポイントをクリアしていなければ必ず有効にならないというわけではありません。最終的にはあらゆる事情を総合的にみて、裁判所が判断することになりますが、条項の有効性を検討・判断する際の重要なポイントであることは間違いありません。

また、これらが真実としてあったかなかったかという問題と、今手元にある資料や事実から、裁判でも立証して戦っていけるかという問題は、別です。

実際にトラブルの渦中にいる場合の具体的な交渉可能性やその見込み、また家主さんや管理会社さんにおいては契約書フォーマットの具体的な条項作成は、個別に弁護士等の専門家にお尋ねになると良いと思います。


※最高裁判例平成17年12月16日 判時1921号61頁・判タ1200号127頁

みなと神戸法律事務所
代表弁護士 向井 大輔