家賃保証会社による実力排除行為について会社のみならず代表者個人にも不法行為責任が認められた事例(東京地判H24.9.7)
2013/02/27
東京地方裁判所 平成24年9月7日 判決
【判旨】
家賃保証会社が、賃借人の同意なく、賃貸物件の鍵付け替え、居室内の家具・衣類等の動産を実力で撤去処分した行為について、 会社に不法行為責任が認められたのみならず、会社代表者個人についても不法行為責任が認められた事例。
【事案の概要】
・個人の居宅用賃貸物件に関し、賃貸借契約が締結され、その際、賃借人と家賃保証会社との間での保証委託契約に基づき、家賃保証会社が、保証人の立場にあった。
・賃借人は、賃貸借契約締結後、初回から家賃を滞納し、家賃保証会社は家賃9か月分の滞納賃料を、賃貸人に代位弁済(※)した。
※代位弁済・・・主債務者に代わり、保証人等の第三者が、債権者に弁済行為を行うこと。
・約8か月の間、家賃保証会社は、居宅を4回訪問、賃借人の携帯電話に100回近く架電、郵便による催告、連帯保証人への電話催促等を行っていた。
・これにより、賃借人は賃貸人への賃料は滞納を継続するも、他方、家賃保証会社に対してはかろうじて求償金(※)が支払われているという状況にあった。
※求償金・・・家賃保証会社が代位弁済した結果として、同社が賃貸人に代わり、賃借人に対して請求する金銭のこと。
・ところが、かろうじて行われていた求償金の支払いも一切なされなくなったため、家賃保証会社は、約7か月の間、居宅を7回訪問、携帯電話へ65回架電、郵便による催告2回、連帯保証人に対する訪問・架電・郵便催告が合計44回に及んだが、すべて黙殺されていた。
・そこで、家賃保証会社は「安否確認のための立ち入り通知」なる書面で予告の上、本件居宅内に立ち入った。
・居宅内は、ゴミが散乱し、衣類が乱雑に放置され、通電していない冷蔵庫からは虫がわき、ペット禁止特約に違反して犬が一頭放し飼いされているという状況であった。
・以上の経緯で、家賃保証会社としては、賃借人無断退去(残置物所有権放棄)と判断し、実力で鍵の付け替え、居宅内動産類一切を撤去処分するに至った。
・この実力排除行為について、賃借人が、家賃保証会社と会社代表者個人に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行った事案。
【判断内容】
①安否確認のためとして本件居宅内に立ち入った行為について
⇒状況確認のための緊急やむを得ない措置(法律上、緊急避難と言います。)であって違法性を欠き、不法行為責任は負わないとしました。
<ポイント>
それに至るまでに度重なる訪問、架電、郵便催告に加え、立ち入り予告も行っているにもかかわらず、黙殺されていたという前提事情が考慮されています。
②実力により家財道具を撤去処分した行為について
⇒(無断退去事案であると判断した故の撤去処分であるとの主張(故意・過失の否定)に対し、)家賃保証会社において、無断退去であると判断するに足りる必要十分な調査がされていたということができないとして、少なくとも過失があると判断しました。
<ポイント>
必要十分な調査がされていないとの点について、裁判例は、
「居宅の電気、ガス、水道メーターが一定期間以上動いていないとか、郵便物が郵便受けに長期間滞留しているといった状況を客観的に把握し、その状況を写真に撮っておくなどの措置が当然講じられていてしかるべきであるのに、そのような客観的証拠はない」
との具体的な欠陥を指摘しています。
⇒(必要やむを得ない自力救済として違法性を欠くとの主張に対し)家賃保証会社は、賃借人に対して居室からの退去、明渡しを求めることができる立場にあるわけではないとし、そもそも会社の権利を実現するものではなく「自力救済」といえるものですらない、と判断しました。
<ポイント>
裁判例は、
「賃貸人に働きかけて、賃貸借契約の解除及び明渡しに係る権能を発動するよう求めるのが筋であって、そのような方策を取ることができないほどの緊急性があったとは認められない」
と指摘しています。
③代表者個人の不法行為責任について
⇒代表取締役としては違法な業務執行が行われないよう会社内の業務執行態勢を整備すべき職務上の義務を負っていたというべきであるところ、本件の撤去処分に関する会社内部の意思決定に、代表取締役は直接関与しなかったことを捉え、業務執行態勢が整備されていなかったとして、任務懈怠行為が認められました。
<ポイント>
このような代表者個人責任まで認めたことについて、裁判例は、
いわゆる「追出し」行為が社会的に問題となり、平成21年2月16日、国土交通省住宅局住宅総合整備課長が、財団法人日本賃貸住宅管理協会宛の通知の中で、物件への立ち入り、物件の使用の阻害、物件内の動産の搬出処分等については、これを許容する条項がある場合であっても、民事上不法行為に該当する可能性があることを指摘して業務の適正な実施を要請していること、またこれを受けて同協会が自主ルール及び細則(※)を策定する等して、業界を挙げて、「追出し」行為等の違法行為の対策強化に乗り出していた
との昨今の社会的な背景事情を指摘しています。
※
(公財)日本賃貸住宅管理協会~自主ルール
http://www.jpm.jp/hoshou/pdf/rule.pdf?PHPSESSID=b10c00104a82f9b20dfb4fd0ce9993e3
自主ルールの運用に関する規定
http://www.jpm.jp/hoshou/pdf/kitei.pdf?PHPSESSID=b10c00104a82f9b20dfb4fd0ce9993e3
【コメント】
本裁判例を踏まえて、家賃保証会社ならびに賃貸物件オーナー及び同管理会社として、具体的に学ぶべき点は、以下の5点だと考えています。
(1)緊急立ち入り行為の前提
契約書上、緊急立入に関する条項が設けられていることが多いですが、同条項が存在するからといって賃貸人側の任意の判断のみで常に立ち入りが適法になるわけではありません。
必ずしも、本裁判例の事案と同様の行為までが求められるわけではないと考えますが、立ち入り行為が緊急避難であるとしてやむを得ない(不法行為責任を負わない)と判断されるためには、前提として訪問・架電・郵便等による賃借人側への働きかけの手段が必要と考えるべきでしょう。
(2)無断退去と判断するための調査方法
居宅内の様子のみでもって判断するのは危険です。
裁判例でも具体的に指摘があるように、生活インフラである電気、ガス、水道のメーターを一定期間継続的に把握することや、郵便受けが長期間滞留していること、について写真撮影等で客観的に証拠化しておくことが重要です。
(3)明渡請求の主体の再確認
賃貸借契約について、目的物である居宅の明渡しを求める権利を有しているのは、あくまで賃貸人です。
家賃保証会社はあくまで賃料に関する保証及びそれに続く求償権行使が可能であるに留まります。
昨今、不動産管理会社のみならず、賃料回収代行等まで家賃保証会社等が行い、賃貸人が直接関与しないことが多くなりつつありますが、契約を解除し、明渡しを求める際は、弁護士が代理人として行動する際は当然、管理会社が代行する場合でも、あくまで賃貸人が本来的な主体であることを再確認し、この点に関する賃貸人の意思確認は必ず書面で行っておくべきだと考えます。
(4)会社内部での意思決定体制の構築
上記裁判例でも指摘があるとおり、昨今、業界全体、また社会全体として「追出し」行為に対する規制およびその業務執行に対する厳しいコンプライアンスが求められています。
会社として、無断退去事案(所有権放棄)と判断して実力排除行為を執行する場合には、代表取締役も直接判断過程に参与すべきでしょう。
ただ、この点については、次の(5)を検討されることを強くお勧めいたします。
(5)訴訟を利用した適法な撤去手段を早期に講じること
上記のとおり、現在「追出し」行為に対する規制及びコンプライアンスに対する目は、非常に厳しいものとなっています。
しかし他方で、賃貸人側として、悪質ともいうべき賃借人の対応に苦慮される事案も決して少なくないこともまた現実です。
そのような場合に、上記のとおり社会的に非常に厳しくなっている実力排除行為を採ること、またその前提としての調査や賃借人への働きかけに要する時間、費用、手間は相当なものになることは想像に難くありません。
そこで、当事務所としては、「賃貸借契約を解除し、訴訟で明渡しに関する判決を取得し、強制執行をする」という、極めて典型的かつ適法な撤去手段を講じることこそが、会社として不法行為責任を追及されるといった信用リスクを負うことなく、またその時間、費用、手間の面でも、はるかにメリットが大きいと考えます。
つまり、当該事案で、法的に解除事由が存在する場合には、法的手続きに乗せることで、賃貸人及び管理会社として全く信用リスク、時間や手間を負うことなく、淡々と退去へ進むことができます。
かかる手続きを早期に採ることこそが、早期退去、そして次の入居による、適正な賃貸経営の維持へと繋がる最良の手段であると考えます。
みなと神戸法律事務所
代表弁護士 向井 大輔